高木仁三郎市民科学基金 助成研究の概要 (2002年度実施分)





   氏名:水野 玲子さん
研究テーマ:地域における出生児の性比変化と死産、
出生に関する諸指標との関連についての調査研究
 助成金額:60万円

結果・成果:2003年5月の完了報告から
調査研究の経過
調査研究の成果
対外的な発表実績
今後の展望
高木基金への意見
<参考>
その後の助成研究:2003年度実施分

調査研究の経過
2002年4月 人口動態統計の都道府県別基礎資料を、厚生省資料室にて収集、
分析、まとめる(胎児の死の性比について1970年代からのデータ)
2002年6月 日本全国レベルの1970年代から2000年までの、 死産性比マップ作成
2002年8月 人口動態統計の鳥取県、岡山県のデータを分析
2002年11月 環境ホルモン学会にて発表雑誌などの原稿執筆
2003年1月 雑誌などの原稿執筆
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調査研究の成果

日本で男の子の胎児の死が1970年代から増加している問題について、人口動態統計より、各都道府別にその実態を調査した。厚生省の資料室に保存されているそのデータは、未だ分析されたことがなく、調査に長い時間がかかった。

その結果、最近の環境ホルモン問題で浮上している出生児の男児減少傾向の裏で、男の子の胎児の死が全国レベルで広がっていることがわかった。その中でも、とくに鳥取県が全国で最も胎児死の男女比増加が著しく、その原因の究明が、少なからず全国レベルのこの問題の考察に役立つと考えた。関連する可能性がある環境要因を探っていたときに、偶然、鳥取県中部のウラン残土問題にぶつかった。放射線照射によって、動物実験では、精子細胞が打撃うけるときにも卵細胞が抵抗性を示すという研究結果があったので、ヒトの場合にも同様のことが起きている可能性をひとつには考えた。

その後、胎児死の男女比データを鳥取県内で地域別に詳しく調査し直した。その結果、ウラン残土の放置されている中部地域ではなく、東部地域でとくに死産性比の上昇が顕著であることが明らかになった。その間、鳥取県の方々にこれに対する意見をたびたび頂戴した。農薬の空中散布が問題ではないかとのことであり、その可能性を探った。11月になり、鳥取県東部での男児死産の急激な上昇の原因として、有機リン系殺虫剤のフェニトロチオンが浮かび上がってきた。なぜならば、この物質には最近、動物実験で強い抗男性ホルモン作用が報告されていることが明らかになっているからである。東部地域でこの農薬の水源地への混入事件が誤散布により起きていた新聞報道などが確認された。また同時に、この地域で際立って男児の死産が上昇したという事実が確認された。このことによって、環境ホルモン物質に考えられる性特異的作用が影響している可能性がみえてきた。

11月の環境ホルモン学会にて、このことを報告するとともに、ホルモン攪乱性のある農薬を、全国レベルで松がれ対策のために空中散布する危険性について書き、その使用中止をもとめるための資料を学会で配布し、かつ電子媒体で署名を集めた。

専門家の集まる学会などとは別に、若い子育て中のお母さん方が読む雑誌にも、「農薬空中散布とこども」という記事を書き、雑誌「環境監視」には、「ホルモン攪乱性が指摘されている有機リン系殺虫剤、フェニトロチオンの空中散布の中止と使用自粛を!」という題で執筆した。その後、この問題を、全国レベルでおきている男の子の流産・死産の増加の問題というより大きなレベルで考察する目的でまとめた「なぜ増える男の子の流産・死産―環境ホルモンの性特異的作用は日本の子どもに現れているかー」という題の原稿は、雑誌「科学」で受理していただきながら、未完成である。英文も未発表である。この抗男性ホルモン作用のあるフェニトロチオンの散布についての環境ホルモン学会での発表は、鳥取県における農薬空中散布反対運動のための資料として、その後使われたと聞いている。また、環境ホルモン学会で発表したもう一件、「能勢町の出生統計の異常と出生児の性比」については、統計処理はこの基金の助成を別件で受けている桑垣さんに協力をえたが、能勢町では、ゴミの焼却が中止され、ゴミ焼却施設解体の時に、統計上で出生児に異常が現れていたという点で、東京都でゴミ焼却場の解体作業をひかえている地域の市民グループの参考資料として活用されたらしい。

この一連の経過の中で、当初、鳥取県の中部にあるウラン残土を男の子の死産のみが増加する原因のひとつの可能性として疑っていたときに、岡山県の人形峠付近にもおなじくウラン残土が放置されているために、両方の地域の公式統計を出来る限り詳しく調査した。その結果、今回の研究助成のテーマとははずれたが、人形峠のある岡山県の上斉再原村では、70年代後半から、人口動態統計上、ガンなどの死亡率などが目立って高いことに気がついた。原子力問題については、これまで関わってきたわけでないが、統計上明らかになったこの地域のヒトの健康に関わる問題点は、やはり多くの人に知らせる必要があるのではないかと思い、「人口動態統計からみた人形峠とウラン残土の地」を書いた。近日中に雑誌 「技術と人間」に掲載予定である。

この原稿をまとめるにあたり、ウラン残土問題に詳しい土井淑平氏、小出裕章氏、また、放射線の人体影響の問題などに詳しい阪南中央病院の村田三郎氏にお世話になりました。この問題については、あくまで問題提起として統計上の数字を指摘することに留めたい。

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対外的な発表実績

助成を申請した研究テーマの「地域における出生児の性比変化と死産に関する調査研究」の中でも、とくに男の子の胎児死増加の問題は、環境ホルモン問題としては今日きわめて大切な問題であり、昨春、シーア・コルボーン氏は、来日講演で、日本でおきている注目すべき現象であると指摘している。今回、途中からテーマがずれてしまい、この研究はまだ十分ではない。この件でより説得力のあるデータが足りず、日本語の原稿も中途であり残念である。なんとか英文にまとめて海外に知らせたい。

また、今年度の調査範囲から、抗男性ホルモン作用のある物質が男の子の胎児死に関連している可能性が示唆されたので、そのような作用を持つ化学物質の使用については、学者の方々に知らせ、署名もお願いしているが、使用中止を求める何らかの行動につなげられればよいと思う。

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今後の展望
[ 発表の場・媒体など ] [ 発表内容など ]
2002年6月

日経サイエンス(記事掲載)

なぜ減り続ける男の子の出生比率
2002年11月

環境ホルモン学会

「都道府県別死産性比の推移と鳥取県の事例」
「能勢町の出生統計の異常と出生児の性比」
2002年12月

雑誌「環境監視」

「ホルモン攪乱性のある有機リン系殺虫剤フェニトロチオンの空中散布中止と使用自粛を!」
2003年6月

雑誌「技術と人間」

「人口動態統計からみた人形峠とウラン残土の地」
2003年6月22日

Yomiuri Weekly(掲載予定)

題未定(全国の男児死産について)
未定 

雑誌「科学」加筆中

「なぜ増える男の子の流産・死産」―環境ホルモンの性特異的影響は日本の子どもに現れているのかー
その他、今年度 執筆原稿
2003年1月 「農薬の空中散布とこども」(クーヨン)
 「化学汚染から子どもを守る」2章(ダイオキシン環境ホルモン国民会議編)
2003年3月 「環境ホルモン3」(藤原書店)など

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高木基金への意見

今回はじめて研究助成をいただき、日頃、NGOの活動と主婦半分の私にとって、どんなに助けられたかわかりません。皆さんに感謝すると同時に、助成していただいた責任も感じ、どのような結果が意味ある結果といえるのかを考え続けてきました。十分な結果がだせたとはいえないかもしれませんが、始めに予定したとおりに研究や調査が進まず、横道にそれることがあることを思い知らされた一年でした。

それでも私の場合は、異なった地域や問題に調査対象が移ったとしても、基本的には地域の環境汚染のヒトへの被害を統計上から少しでも明らかにし、知らせるという意味では一貫してやってきたつもりです。ですから、そのことをご理解いただければと思います。また、今年度も引き続き助成をいただきましたことに感謝いたします。

テーマの問題は、今年も環境汚染によるヒトの健康被害についてですが、テーマそのものは、まだ何らまとまった道筋がつけられているわけではありません。その意味では、これから、私たちにとってますます大切な問題になる化学物質による健康被害の問題を、多くの人が捉えやすくするためのトールを模索する試みといえるので、ゆっくり見守っていただければ幸いです。

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