高木仁三郎市民科学基金 助成研究の概要 (2002年度実施分)





   氏名:竹峰 誠一郎さん
研究テーマ:マーシャル諸島アイルック環礁のヒバクシャ調査
 助成金額:160万円

結果・成果:2003年5月の完了報告から
調査研究の経過
調査研究の成果
対外的な発表実績
今後の展望
高木基金への意見
<参考>
その後の助成研究:2005年度実施分

調査研究の経過
2001年1-2月マーシャル諸島現地予備調査
4-7月マーシャル諸島現地調査
9月修士論文研究計画書提出
9-12月インタビューデータまとめ
12月高木基金申請→2002年3月助成決定
2002年1-6月先行研究整理・関連文献収集・分析・修士論文(特に序論)執筆
3月3・1ビキニデー来日中のマーシャル諸島関係者と再会
6月修士論文提出断念→2002度中の現地調査不可能へ
6月日本平和学会(上智大)参加/発表
8月広島関連集会参加(特に、世界のヒバクシャに関する情報収集・人脈作り)
9〜12月修士論文執筆に集中、12月提出
11月日本平和学会(広島修道大)参加・情報収集・人脈作り
2003年1〜3月修士論文口頭発表/博士課程入試準備、博士課程の研究計画構想
4〜5月2005年核拡散防止条約再検討会議に向けた第2回準備会合(於:ジュネーブ国連本部)参加、核兵器に関する議論の動向把握、NGO活動家や政府代表者との人脈作り、世界のヒバクシャ関する情報収集 他
7〜9月ハワイ大学・マーシャル諸島現地調査(予定)

このページの先頭に戻る

調査研究の成果

私は2002年度研究助成申請でお約束したように、米国の核実験場であったマーシャル諸島におけるヒバクシャ調査を(社会科学の観点から)進めてきた。本研究の最たる特徴は、ヒバクシャの視点により立脚して、核問題を見ていこうとする点である。但し、修士論文提出が半年遅れ、修士論文執筆と博士課程入試準備がずれ込み、当初の計画にあったフィールドワークの時間をとることが出来なかった。

しかし、こうした中でも、今まで得てきたフィールドワークをまとめ分析したり、先行研究や文献資料を収集し分析したり、核兵器問題全般や国際関係学や平和学分野の知見を深めたりしながら、研究の輪郭をより強固に固めることが出来た。具体的な研究成果として、マーシャル諸島アイルック環礁のヒバクシャによる核実験認識をある一定明らかにすることが出来た。

アイルック環礁のヒバクシャによる核実験認識を明らかにすることは、今まで核兵器問題を論じる時に、核開発の現場に暮らす人間集団や核開発に動員される人間集団の存在が、議論の脇へ置かれてきたという問題意識から出発した。ヒバクシャによる核実験認識に関して、その3つの変遷を明らかにした。

1) 1954年3月1日の「ブラボー実験」直後、当時のアイルック環礁住民にとって核実験なるものは、戦争や人生最期をも想起させた、正体不明の爆音や閃光であったことを明らかにした。アイルック環礁は、「ブラボー実験」の爆心地から約540q離れかつ、米国によって核被害が認定されていない。しかしそんなアイルック環礁でも「ブラボー実験」当時、混乱と衝撃が広がった。住民401人の間には、正体不明の現象に対する恐怖・心配・脅威が広がっていた。「ブラボー実験」の時、(いつもと何ら変わらない朝を迎えようとしていた)アイルック環礁住民の頭上にも、突然閃光やキノコ雲が出現し、爆音が鳴り響いた。アイルック環礁の地面も揺れて、風圧も感じられていた。同時期、米国側はアイルック環礁へも放射性降下物が達していることを確認し、避難を検討していた。

2) 「ブラボー実験」から5日後に行われた米特別調査隊の説明を境に、当時住民の眼には、核実験なるものは(第二次世界大戦時の「爆弾」と同様な)「一過性の『爆弾』」であり、終わった問題に映っていったことを明らかにした。当時住民は、その「爆弾」に伴っていた放射性物質なるものの重大さには全く気がついていなかった。しかし次第に、ヒバクシャは、放射線物質なるものの重大性に気がつき、「核実験」は終わった問題ではなくなっていったのである。時を同じくして、米国は、避難措置をとらないことを決定し、その後は追跡対象とせず、アイルック環礁のヒバクシャの存在に目を向けなくなったのである。

3) 「ブラボー実験」から40数年以上が過ぎ去った今日、ヒバクシャは、核実験なるものを「『ポイズン』をまいた『爆弾』」であると認識し、自らの生活への影響を感じ、不安や脅威を覚えながら暮らしていることを明らかにしてきた。アイック環礁のヒバクシャは、「ブラボー実験」から40数年間、生活上の一つひとつの異変を心に留め、同時にいわゆる核実験の影響に関する諸情報を外部から耳にしながら、「ポイズン」を伴った「あの爆弾」によって、アイルック環礁が影響を受けているのではと疑いを深めていった。「あの爆弾」による影響を実感していったヒバクシャの間では、私(たち)は「ポイズンがまかれた爆弾」による被害者だとの意識が高まった。こうした被害者意識から、ヒバクシャは、核実験補償を当然受けられるべきだと考えるようになっている。アイルック環礁のヒバクシャが長年感じてきた「ポイズンをまいた爆弾」の影響に対する補償問題は、「ブラボー実験」から40数年の時を経て今、ようやく話題にされてきている。

このように本研究では、核兵器問題を、核兵器開発の現場に注目し、そこを生活の場とするヒバクシャの目線から論じようと、ヒバクシャの核実験認識とその変遷を明らかにしてきた。核実験問題は、核実験が実施された時には注目され議論されるものの、核実験が使用されれば終わった問題として議論されない傾向が続いてきた。しかし、核開発の場とされた地で暮らすヒバクシャにとって、「核実験」は未だ過ぎ去った過去として語れる物ではなかった。ヒバクシャの核実験認識を明らかにする中で、核実験以後の生活上の異変を心に留めながら、「ポイズン」がまかれた核実験による日常的な不安や脅威に直面しているヒバクシャの存在が明確にされた。核実験による日常的な不安や脅威に直面しているヒバクシャの存在は、アイルック環礁がそうであるように、核保有国によって核被害が認定されていない地域にも広がっていることが予想されよう。「ポイズン」に対して日常的な不安や脅威に直面しているヒバク地域や、ヒバクシャ集団に対して、彼らの声に耳を傾けることが求められよう。日常的な不安や脅威に直面しているヒバク地域や、ヒバクシャ集団に対して、どのように平和を築いていくのかは、国際的な核兵器問題の1つとして位置付けられる必要があろう。とりわけ日本の市民社会には、広島・長崎・更には第五福竜丸などに対する蓄積があり、国際的なヒバクシャの平和構築への応用と彼らとの相互交流が求められよう。

このページの先頭に戻る

対外的な発表実績
[ 発表の場・媒体など ] [ 発表内容など ]
2002年4月
『ピースデポ会報』
 第10号、4面
「スローガンの土台を伝えよう」(フォーラム「世代間の対話」:なぜ、平和運動は若者に広がらないのか)
2002年4月
Japan & the World 44 minutes,
 NHK World Radio Japan
"Interview: Conducting Research People of the Marshall Islands Exposing Nuclear Testing"
2002年5月
『被団協』
 第280号、1面
「『ヒロシマ・ナガサキ』の対話・協力を広げよう」(高橋昭博さん<元広島原爆資料館館長>への返信)
2002年6月
日本平和学会2002年春季大会
 平和教育コミッション
「マーシャル諸島の核問題を学びはじめた現地の人々:マーシャル諸島短期大学核研究所を中心にして」
2002年6月
『フェリス女学院大学:国際平和論』
 ゲスト講師
「マーシャル諸島の核実験の概要」
2002年7月
『和光大学:児童文化論』
 ゲスト講師
「『平和』をどうとらえるのか:戦争と平和に関する児童文学を学ぶにあたって」
2002年12月
2002年度早稲田大学
 提出修士論文
『マーシャル諸島アイルック環礁のヒバクシャによる核実験認識:ローカルから見たグローバルイシュー』
2003年3月
『平和学基礎理論研究会』
「マーシャル諸島アイルック環礁のヒバクシャによる核実験認識」
2003年3月3日
『中国新聞』24面
「ヒバクシャ忘れまい:被害研究の早大大学院生・竹峰さん」
このページの先頭に戻る

今後の展望

市民社会の一員として私は、今後も研究の視点をいかして、「ポイズン」に対して日常的な不安や脅威に直面しているヒバクシャ(やその可能性のある人間集団)の存在を視野に入れて、今日の核兵器問題全般に意見表明をしていきたいと考えている。

私は、市民社会に研究成果を還元し、かつ研究テーマを市民社会の活動の中から見出す研究者でありたいと思っております。具体的には、2004年「ブラボー実験(ビキニ事件・第五福竜丸事件)50周年」を盛り上げるために、企画作りに参画し、又自らも積極的に発表を引き受けていきたいと考えております。

現在も、財)第五福竜丸平和協会、日本平和学会有志、朝日新聞の記者などから相談を受けております。更に、この機会にも、マーシャル諸島の各問題に関する本の出版にも挑戦したいと考えております。

私は、研究の知見を現地のマーシャル諸島民と共有し、彼らの現実から次なる研究テーマを見出す研究者でありたいと思っております。具体的には、研究成果を英語に翻訳をして、今年夏に訪れた時にお世話になった人へ直接手渡し、意見交換をしたいと考えている。又、マーシャル諸島には、学ぶ姿勢を大切にしつつも、自らがグローバルな場や日本で得られた知見も共有するように心がけたい。

今後の研究としては、2002年度の研究の中から課題として浮かび上がってきた、核開発の現場とヒバクシャに対してどのように平和を構築していくのかということをも射程に入れていきたいと考えている。こうした観点をも持って、早速、7月から9月にかけて、ハワイ大学とマーシャル諸島へ訪れようと計画中である。又、マーシャル諸島のローカルで見出されることを、よりグローバルな観点から分析し普遍化する視覚をもてるよう、核兵器問題に関わる国際的動向にもより敏感になり、かつ国際政治学・平和学・太平洋島嶼地域研究の知見にもより造詣を深めていきたい。

このページの先頭に戻る

高木基金への意見

私は高木基金が、今後ますます、従来の研究助成の枠では入りにくい、市民科学の担い手となる若手研究者、アカデミックな場に身をおいていないNGO関係者や在野研究者に光りをあて、彼らを育てていく場となっていって欲しいと強く思っております。そうした方向性に向かって、高木基金が柔軟性をもって助成者に対応していただき、ありがたく思う。そうした点で、高木基金の目指す方向性と運営には、何ら異論はない。ただより良い高木基金となるように、3点の要望を述べたい。

1.太平洋島嶼地域を助成対象として明記することを検討していただきたい。太平洋島嶼をフィールドとしている私としては、高木基金が助成(の分類番号4と5)を「アジア」地域に限定をしていることは何故なのか気になるところである。もしその理由が、日本はアジアの一員で近隣地域だからというのであれば、もう一つの近隣地域である太平洋島嶼地域も対象としてはっきりと明記すべきである。太平洋島嶼地域がはっきりと対象と明記されたならば、マーシャル諸島で核問題に取り組む意思を持っている現地の人にも、この基金を紹介できるであろう。又将来的には、高木金を活用して、太平洋島嶼の現地の人との共同研究に取り組める可能性も出てくるであろう。太平洋島嶼地域を助成対象として明記することを検討していただきたい。

2.高木基金は、ネットワーキングということをどこかで念頭に入れて、各種企画をつくっていって欲しいと思います。高木基金は助成対象者が機械的に事務局と連絡とるだけではなく、事務局員やスタッフ、更には他の助成対象者や企画に足を運んでくれた方などと、人間的な結びつきが出来る可能性を持っている場だと思います。だからネットワークを構築する潜在的可能性を持った場だと思います。ネットワークの構築は、次なるユニークな研究を生み、又運動という面でも市民社会の力にもなっていくものだと思います。ですので、ネットワーキングということをどこかで念頭に入れて、各種企画をつくっていって欲しいと思います。その点で、報告会終了後交流会が企画されたことは大変歓迎しております。是非、初めの公開プレゼンテーションの場においても検討されてはいかがでしょうか。又他の助成対象者のみならず、会場に足を運んできた人との対話が広がる方策も検討していただきたい。例えば、間にコーヒーブレイクを設けたり、終了後に(軽食での)立食パーティーをしたりも考えられないであろうか。財政的には、参加費は別途徴収という形でいいと思う。又、ネットワークという点では、助成対象が終了した後も、同期で横につながったり、次年代以降の助成者とつながったり出来る方策も課題となろう。高木基金が、歴代助成対象者との結びつきを築いてきたならば、高木基金は、ユニークかつ市民社会に立脚した研究者が集う場となろう。いずれもネットワークを密にしていくことは、高木基金に対する愛着を深めることにもつながり、ボランティアスタッフを確保していくことにもつながるであろう。

3.研究成果の市民社会の還元というならば、その重要な手段となる本や冊子の出版などに対する助成も検討するべきではないだろうか。インターネットの時代とはいえ、未だに印刷物を作り普及することは、研究成果の市民社会の還元とって有益となるものであろう。但し、この出版業界の不況下、決して売れるとはいえない硬派な社会問題本を出版することは非常に困難となっている。出版助成が無理ならば、高木基金が論文募集して、ある一定に達している論文などを集めて研究雑誌を発行していくことも検討しても良いのではないか。研究雑誌を有料にすれば、持ち出しも少なくなるであろう。最後になりましたが、高木基金が市民科学の創造を目指し、今後ますますのご発展を願っております。高木基金は、日本における市民社会の成熟を示す一つのバロメーターになるかと思います。私も微力ではありますが、第1回目の研究助成者としてその名に恥じないよう、市民科学に立脚した研究に努めたいと思います。今後とも末永くよろしくお願いします。

このページの先頭に戻る


>> 高木基金のトップページへ
>> 第1回助成の一覧へ