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チェルノブィル原発事故後のポーランドの甲状腺がんについて



グループ名 研究成果発表会配布資料[pdf]
代表者氏名 五十嵐 康弘 さん
URL
助成金額 30万円

「科学ピクニック」におけるポーランドエネルギー省原子力部門のテント展示(2017年6月3日)

ポーランドの官僚・ジャーナリストの日本国内原発視察旅行(2017 年8 月)の様子。日本の経済産業省の招待で東京、茨城県東海村、新潟県柏崎・刈羽原発、福井県高浜原発を視察。以上の写真はいずれもポーランドエネルギー省のFacebook ページ(https://www.facebook.com/poznaj.atom/)より

ポーランドの国家プロジェクト第一弾(1987-1990)の成果を記録した報告書。この報告書が英訳され、「小児甲状腺がんは発生しなかった」という説の元になったと見られる。国家プロジェクト第二弾(1997-2000)が行われるも、その英語版は見当たらない。国家プロジェクト第三弾が行われた様子も見られない

研究の概要

2017年12月の助成申込書から
 チェルノブィル原発事故時のポーランド政府による安定ヨウ素剤配布とその後の小児甲状腺がん発生の実態を明らかにしたい。  日本では、「ポーランドでは、安定ヨウ素剤を素早く国民に配布したから小児甲状腺がんは発生しなかった」と紹介されることが多いが、ポーランド人科学者が「オカルトがん」と見なしながらも数千の発症数を認める記述もあり、認識に大きな隔たりがある。  安易にポーランド政府の対応を賞賛したり、安定ヨウ素剤の配布をもって原発災害対策が事足りると見なす前に、基本的事実を再検証する必要がある。  ポーランド語の資料から当時のポーランド政府の対応と小児甲状腺がんの発生数の実態、またそうした症状がポーランド社会の中でどのように受容されてきたかについての実際的な全体像を把握し、日本社会における議論の土台として提供したい。  また、現在のポーランドでは、甲状腺がんに限らない様々な病状についてチェルノブィル原発事故由来のものだと信じる市民がいる一方で、政府の原発建設計画の下に繰り広げられる原子力啓蒙活動において、ホルメシス仮説が前面に出ている。何故チェルノブィル原発事故を隣国として経験しながらホルメシス仮説が社会の中でまかり通ってしまうのか、社会的記憶の喪失から原子力推進への捩れの過程も明らかにしたい。  この過程を明らかにすることは、日本の市民社会の放射線防護に関する知識を高め、福島原発事故の社会的忘却・原子力推進への揺り戻しに効果的に対抗する手がかりを浮かび上がらせるものと考える。

中間報告

2018年10月の中間報告から
 本研究では、チェルノブィル原発事故時のポーランド政府による安定ヨウ素剤配布とその後の小児甲状腺がん発生の実態を明らかにしたいと思います。日本では、「ポーランドでは、安定ヨウ素剤を素早く国民に配布したから小児甲状腺がんは発生しなかった」と紹介されることが多いのですが、ポーランド人科学者が数千の発症数を認める記述もあり、認識に大きな隔たりがあります。  また、現在のポーランドでは、政府の原発建設計画の下に繰り広げられる原子力啓蒙活動において、ホルミシス仮説(*)が前面に出ています。なぜチェルノブィル原発事故を隣国として経験しながらホルミシス仮説が社会の中でまかり通ってしまうのか、社会的記憶の喪失から原子力推進への捩れの過程も明らかにしたいと思います。  インタビューについてはチェルノブィル原発事故当時を成人として記憶している世代よりも、幼少であったか事故後に出生した世代を対象の中心として行ってきました。この世代にはヨウ素剤服用の記憶はあるものの、甲状腺の疾患(がん含む)を持つ同級生・同世代の知人がいてもチェルノブィル原発事故と関連付けて考えたことはほとんどないこと、事故について学校やメディアで聞くことがあっても「隣国の悲劇」として紹介されることがほとんどであることなどが傾向としてわかりました。  また、近年のポーランド語あるいは英語メディアを追ってきた過程で「(ポーランド国内で)甲状腺がんは発生しなかった」という記述は見かけません。「発生したが原発事故との関連性は証明されていない」といった趣旨の記述を見つけることは容易です。当時のポーランド(政府)代表の国外に向けた公式発表が、日本ではそのまま紹介され続けてきただけと言えそうです。  その他、これまでの情報収集の過程で、副次的に得られた新しい知見が多くありますが、その例をいくつか紹介します。

・事故直後の時期に汚染されて市場から回収されたポーランド国内産の農産物が、刑務所の囚人向けの食事に使用されていた可能性が高い( 当時政治犯として服役していた人物の証言記録)。
・ポーランド国内の研究用原子炉でも小規模事故は度々起きており、その中でも規模が大きかった 1979年の事故は一般市民に周知されることなく秘密にされていた。誰もその責任を取っていない。その時の原子炉実験の責任者が2018年現在でも原子力発電推進の言説を続けている(歴史書)。
・2016年のチェルノブィル原発事故30周年の頃にはポーランド国内でも各種のシンポジウム等が開かれていたが、そこでポーランド人研究者が論じたのは「隣国の悲劇」としてのみ扱ったものや「ポーランド政治に与えたインパクト」といった視点からのものが多く、ポーランド領土内の放射能汚染とその人体・環境への影響について再考したものを見つけることが難しい。
(*)低線量の放射線被ばくは、人体に有益な作用を引き起こすとする説。日本でも電力中央研究所などが検証を行ってきたが、「ホルミシス効果を低線量放射線の影響として一般化し、放射線リスクの評価に取り入れることは難しい」(2014年6月)と結論づけている。

結果・成果

完了報告・研究成果発表会資料より
 日本では、「ポーランドではチェルノブィル原発事故後に安定ヨウ素剤を素早く国民に配布したから小児甲状腺がんは発生しなかった」と紹介されることが多いですが、本当はどうなのかを調べるのが本調査研究の目的の第一点です。  このエピソードの大元は、1987 年から90 年にかけて行われた、ヨウ素剤配布後の国民の健康状態を調査したポーランドの国民健康調査国家プロジェクトの報告書であることが見えてきました。この報告書を英語化して1993 年に出版した論文が世界中に知られるようになります。WHOの安定ヨウ素剤の服用等に関する国際的ガイドラインの1999年改正版では「ポーランドの経験」を肯定的に物語る文献として引用されていました。しかし2017年のガイドライン改正時には「高品質ではないエビデンス」と低い評価を受けるように変わっています。  現在のポーランド国内でも、自身の甲状腺の疾患とチェルノブィル原発事故との因果関係があると考える人がいることは確かです。この流れからも「ポーランドではゼロ」説を日本において鵜呑みにして信じる必要性は無いと言えると考えています。  ポーランド国立がん研究センターは毎年のがん死亡・登録のレポートを公表しています。チェルノブィル原発事故前からのデータを集計すれば具体的な変動がわかり、定量的な議論ができるようになるでしょう。  本調査研究は期間延長して継続しています。国家プロジェクトの報告書(1991, 2002)、1986年の政府報告書「放射線と予防措置評価に関するレポート」等の読み込みと、国立がん研究センターの統計データの集計を当面の二つの柱として、それら「脇を固める」作業を終えてから関係者へのインタビューを行う予定です。  また、現在のポーランドでは原発建設計画の一環として原子力啓蒙活動が活発に進められています。こうした活動が社会の中で抵抗が少なく進められてしまう原因についての調査は今後の課題です。 *実際にはヨウ素剤配付が決定されたのはチェルノブイリ原発事故発生の3日後だった。

その他/備考


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