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「原子力市民委員会の座長を
       吉岡斉さんから引き継いで」

  大島 堅一さん(龍谷大学政策学部教授、原子力市民委員会座長)

2018年1月、原子力市民委員会の座長を務めておられた吉岡斉さんが急逝されたことを受け、2月の委員会で新座長に就任された大島堅一さんに、座長就任への思いと今後の展望などについて伺いました。
(インタビュー実施日:2018年5月/聞き手:高木基金事務局長 菅波 完)



― 吉岡さんが亡くなられる前に、直接、座長を頼むというお話しがあったそうですね。

大島 実はそうなんです。昨年12月8日にお会いしました。ちょうど佐賀で講演があり、その帰りに九大病院に伺いました。吉岡さんは声が小さくなって、ややお話しが聞き取りにくい状況でしたが、ご自身のことについては、「復活は4月ですね」と話されていました。それとともに、「今後のこともあるので、座長を引き受けて欲しい」というお話しがありました。
 私は、「原子力市民委員会の座長は吉岡先生でなければできません。原発問題の技術的な側面と社会的な側面について的確にコメントできるのは吉岡先生だけです」と言ったら、「それはそうですね」とおっしゃっていました。

― そこは特に謙遜されることもなく・・・。

大島 そうですね(笑)。私としても、吉岡さんは復活されると思っていましたし、座長という話に、その時はあまり現実性を感じていませんでした。それよりも吉岡さんに早く元気になって欲しいという思いでした。

― しかし、それから一月ほどの1月14日に吉岡さんが亡くなられてしまいました。

大島 突然のことで、本当にびっくりしました。その後、原子力市民委員会の事務局長の細川さんから、座長の打診があり、お引き受けしました。原子力市民委員会の座長は大変な重責であり、私の普通のメンタリティであればお断りするところなのですが、断るわけにはいかないと思いました。

― 重い決断だったのではないですか。

大島 とても大きな決断でした。吉岡さんとのお話もありましたが、それ以前の問題として、福島原発事故の後、原発のことは、逃げないで全部受けようと決意していたんです。もちろん、できる範囲で、ということですが、原発のことは「逃げない」と。これだけの被害が起きている訳ですから、ここで逃げたら、研究者として、原発の問題を評論して、もてあそんでいるだけではないか。それでは、何のための学問かわからない。

― 何のための学問か、という思いなんですね。

大島 学問は、社会を「変える」ためのものだと私は思っています。吉岡さんの前の座長の舩橋晴俊さんとも、原子力市民委員会で、初めて一緒に仕事をしましたが、逃げないで正面からやっておられました。
 学者として非常に誠実な姿でした。吉岡さんも最後まで正面からやっておられました。植田和弘さんが原発事故後に出された本でも、「今やらなければ、何のために環境経済学をやってきたのか」と書かれておられました。私も自分ができることはすべてやろうと思っていましたので、今回、座長を引き受けることにしました。

― 一方で、東京電力も政府も、逃げまくっていますね。

大島 本当にひどいと思います。私は「変える」ために、逃げずに頑張ろうと思います。

― 原子力市民委員会では、3月に合宿を行って、今後の取り組みを議論しました。その際、大島さんは、「あと5年でカタをつける」と言っておられましたね。

大島 そのつもりです。5年で脱原発の決着をつけたいという気持ちです。原子力市民委員会は、当初から10年間という活動期間を決めていますし、2013年4月の発足から5年になりましたから。あと5年で脱原発に目処をつけたいと思います。
 いつまでも今の政権があると思えませんし、国民的には、脱原発が当然のこととして受け入れられています。機は熟しています。再生可能エネルギーも着実に普及してきています。震災直後は、電力が不安だとか、電気代が上がるという話がありました。それらが全部間違っていることはわかっていたのですが、現実問題として、一般にも理解されたと思います。

― 3・11後、2012年に大飯原発を再稼働するときの関西広域連合での議論など、本当に電気が足りなくなるという脅しというか印象操作がひどい状況でした。

大島 様々な専門性を持った方が、政治的な立場や見解はともかく、脱原発を一致点として、真実に基づいて政策の方針をつくろうとしているところですね。ウソをついたりせず、真実に依拠して、そして市民と一緒にやっていこうとしているところが強みだと思います。
 吉岡さんも言っておられましたが、原子力市民委員会は運動団体ではなく、政府の原子力委員会と総入れ替えになってもやっていけるようなものを目指していきたいと思います。運動団体は運動団体として、すでに頑張っておられますので、原子力市民委員会は、運動団体ともうまく連携しながら、政策提言をしていくことが大切だと思います。

― 今後の具体的な活動は、どのように考えておられますか。

大島 原子力市民委員会では、この数年で、いろいろなことを議論してきました。放射性廃棄物の問題、脱原発と地域経済の問題なども整理してきました。これまでの蓄積に確信を持ってよいと思います。吉岡さんが『原発ゼロ社会への道 2017』の終章で書かれたように、原発が「万人を不幸にしている」ことは明らかです。  最近、立憲民主党が発表した「原発ゼロ基本法案」でも原子力市民委員会が提言してきたことがかなり取り入れられました。手応えを感じますね。一方で、再生可能エネルギーは確実に普及してきています。

― 確かに、再エネの環境は大きく前進していますね。

大島 ここ数年でガラッと変わりました。そして、若い人がどんどん入ってきている。そのことに励まされますね。
 そういった若い人たちに、脱原発の課題を引き継がないように、今、確実に脱原発の道筋をつけなければいけないと思っています。

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