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「福島原発事故から10年、
     「忘却の文化」にどう抗うか」

  後藤 忍さん(福島大学共生システム理工学類准教授)

福島第一原発事故から10 年を迎え、事故の教訓、現在も続く被害を次世代に伝えていくことが大きな課題となっています。福島で放射線教育の変遷を見つめてこられた後藤忍さんにお話を伺いました。
(インタビュー実施日:2021年1月/聞き手:高木基金事務局 村上正子)



― ご専門は環境計画、環境システム工学、環境教育ですが、福島原発事故の後、放射線教育のあり方や悲惨な出来事の記録・教訓に関する研究をされてきました。なぜそうした取り組みを続けてこられたのでしょうか。

後藤 私自身、反省があったからです。学生時代から原発には反対の立場でしたが、2001 年に福島大学に着任後、福島にある原発で事故が起きたらどうなるかを真摯に考えて研究・教育をしてきたわけではありませんでした。どこか「原発の過酷事故は起きない」と信じていたのでしょう。結果的に原発の安全神話に加担していたと思います。なぜこのような状況になったのか、きちんと原因を検証し、教訓を伝えなければ、また同じ問題が起きる。私なりの責任を感じて、取り組んできました。

― 震災から10 年を迎える今、原発事故の教訓は伝えら れているのでしょうか。

後藤 教訓について,水俣病の問題解決に尽力された原田正純先生が、「教訓とは失敗したことを発信すること」だとおっしゃっていますが、それができていません。むしろ重要な教訓や失敗がどんどん消し去られていると思います。

― 昨秋、双葉町にオープンした「東日本大震災・原子力災害伝承館」(以下、伝承館)では、語り部に特定の団体(国や東電を含む)を批判しないよう指導されていたという報道がありました。

後藤 伝承館は、そもそもの出発点が、反省や記録よりも「復興にいかに貢献できるか」にあります。福島イノベーション・コースト構想の中に位置づけられ、設置主体は福島県ですが、国が53 億円を拠出しています。予算を出した国に対し、いろいろな忖度が働くのでしょう。

― 展示内容についてはどのようにお考えですか。

後藤 当初懸念していたより、事故の情報や実物は展示されましたが、肝心な説明が抜けています。例えば、安定ヨウ素剤について、「大気中の放射性ヨウ素濃度の条件により服用します。甲状腺への放射性ヨウ素の影響を低減する効果があります。」という、まるで他人事のような記述があるのみで、「適切な配布や服用の指示ができなかった」という事実は書かれていません。また、震災関連死について、2,286人という数字の記載はあっても、「どのような亡くなり方をされたのか」という不条理の死についての説明はありません。

― 文科省の「放射線副読本」の内容の問題を指摘してこ られました。

文科省・副読本の対抗教材として2013年に出版した『みんなで学ぶ放射線副読本』

後藤 事故後の2011年10月に発行された文科省の副読本(小・中・高向け)に対しては、福島原発事故に関する記述がほとんどなく、放射線の健康影響を過少に見せている点などを指摘しました。この不確実な問題に対し、科学的・倫理的な態度と論理をわかりやすく提示したいと考え、私を含む福島大学の教員で研究会を立ち上げ、対抗教材として『みんなで学ぶ放射線副読本』を出版しました。文科省が2014 年に発行した副読本では、福島原発事故の説明から始まり、放射線の線形しきい値なし(LNT)モデルや子どもの被ばくの感受性に関する内容に言及するなど、(課題はあるものの)改善が見られました。

― しかし、2018年の副読本では削除されてしまいました。

後藤 2018年に発行された副読本の問題点は大きく三点で、(1)福島原発事故の過少評価、(2)放射線安全神話の流布、(3)いじめ問題・復興への焦点ずらし、にあると考えています。象徴的なのは、「汚染」という言葉が副読本の紙面からことごとく削除されたことです。まさに「副読本紙面のW除染W」です。また、避難者へのいじめ問題については、「放射線は危険なもの」というイメージがあるから起こるとし、「放射線は日常的にも存在し、量が少なければ安全」ということを学べば、いじめも起こらないという、おかしな論理構造が展開されています。

― 人災というべき福島原発事故の加害者である東電と国の責任は横におき、いじめの原因は社会の理解不足にあると言っているのですね。教育現場や子どもへの影響をどのように考えますか?

後藤 福島市の小学生へのあるアンケートで、福島県で放射線が増えた理由がわからない子どもが約6割を占めたと聞きました。普段の語りとしても、事故後には放射線がどのくらい高くなったのかとか、放射線管理区域に比べてどうかといった「基準」を知らされていません。人権侵害の可能性に気づくために必要な情報を知らされていないのです。

― 後藤さんは、政府や専門家によるこうしたアプローチの根底に、市民には科学技術への理解や知識がないことを前提とする「欠如モデル」があると指摘されています。

後藤 福島原発事故の場合、原発の責任者である東電や国が失敗し、彼らにこそ欠如があったにもかかわらず、自らの非を認めず、市民の欠如を正すことを考えている。そのことが問題です。さらに、リスクのとらえ方は立場によって大きく異なるというのは、過去の経験から積み上げられた知見です。統治者の視点と被害者の視点で異なるにしろ、被害者がとらえるリスクにも合理性があるのです。

― 市民が統治者側の「欠如」に気がつき、自ら正しい情報を手に入れ、判断していくことが今回の事故の大きな教訓ですね。そのために市民がすべきことは何でしょうか。

後藤 公的な施設や教材の役割は大きいので、少しでもよいものにする働きかけは必要だと思います。その上で、実現できないものは、自分たちの手で記録・継承していく。さらに、「記憶の文化」から学ぶべき点は多いと思います。ドイツでも、戦後しばらく沈黙の時代がありましたが、ホロコーストの事実と向き合い、記録していく動きが広がりました。施設の建設や街中での分散型記念碑など様々です。ドイツの国会議事堂のすぐ近く約2haの土地には、虐殺されたユダヤ人のための記念碑がつくられました。日本でいえば、国会議事堂近くの日比谷公園あたりに南京大虐殺の慰霊碑をつくることです。現状ではできないでしょう。

― その違いはどこからくるのでしょうか。

後藤 被害に向き合わない、責任を取らない。文化レベルの違いだと思います。日本の場合は「忘却の文化」と言えます。文化の上に倫理が形成されて、社会制度や施設の実現につながることを考えると、文化レベルから変えていかなければならないと思います。チェルノブイリの博物館では、放射線被ばくの影響について、被害者の立場から、人が死ぬという最悪のことを伝え、加害?被害の問題構造を問うています。また、厳かな空間として、「二度と原発事故を起こしてはならない」というメッセージを来館者は受け取ることができます。一方、伝承館は、福島イノベーション・コースト構想の紹介で終わります。どれだけ復興しているのかを学んで帰る場所になっているのです。

― 原発事故の教訓を学び、どのような社会を築いていくのかを真剣に議論していく場がますます必要だと感じました。貴重なお話をありがとうございました。


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