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市民の不安を共有する

高木仁三郎(原子力資料情報室)
岩波書店『科学』1999年3月号
(創刊800号記念)より

ダイオキシンやPCB,“環境ホルモン”(内分泌撹乱化学物質)が,毎日のように報道をにぎわせている.伝えられるダイオキシンの汚染値など,目を疑うような高さである.さらに,地球温暖化,産業廃棄物や放射性廃棄物の問題などが,地上の生命の未来にたちはだかり,人々の心を痛めている.一方で,薬害HIV問題,委託研究をめぐる贈賄問題など,研究者個人の倫理を問われるような問題も多い.私の関係する原子力分野では,事故隠し,データ捏造・改ざんが現在に至るもあいついでいる.

街に出てみよう.“子どもたちの未来はどうなるの.科学者たちはどう考えているのだろう”という,大いなる不安と多分に科学への不信を含んだ声に出会うだろう.このとき,“それは行政や倫理の問題で,科学や科学者に責任はない”と,問題を避けようとしても,“科学者たちは社会の期待に応えていない”という声を打ち消すのはむずかしい.“科学の転換”が今日多く叫ばれるが,私は科学者個々人のあり方の転換が問われていると思う.

難題をもち出したようだが,実は転換はすでに確実に進行している.巨大な予算を使って研究をおこなう大学や国立研究所ばかりが科学の主要な担い手と思われていた時代から,これまでマージナルとされ,科学者や専門家として扱われてこなかったような研究者や活動家,さらには非専門の市民が,この転換に大きな役割を果たしている.この間のダイオキシン汚染の問題をみてみよう.告発の主体になっているのは市民(住民)であり,市民が専門家を動かして測定やデータ公開を促している.地方自治体やその周辺で活動する地域の専門家の果たしている役割も大きい.内分泌撹乱化学物質の問題で,“警世の書”といわれ,世界的なベストセラーとなった‘奪われし未来’(原題は,Our Stolen Future(1996))の著者は,NGOに属する人々である.フロンや地球気候変動の問題なども,今日のように国際的な科学的問題となり,国際条約による化学物質の排出規制にまで発展しえたのは,NGOの精力的な活動によるといっても過言ではない.

私はなにも,NGO賛美をするつもりはない.しかし,科学者が科学者たりうるのは,本来社会がその時代時代で科学という営みに託した期待に応えようとする努力によってであろう.高度に制度化された研究システムの下ではみえにくくなっているが,社会と科学者の間には本来このような暗黙の契約関係が成り立っているとみるべきだ.としたら,科学者たちは,まず,市民の不安を共有するところから始めるべきだ.そうでなくては,たとえいかに理科教育に工夫を施してみても,若者たちの“理科離れ”はいっそう進み,社会(市民)の支持を失った科学は活力を失うであろう.

厳しいことを書いたようだが,私はいまが科学の大きな転換のチャンスであり,市民の不信や不安は,期待の裏返しだから,大きな支持の力に転じうるものだ,と考える.社会と科学の関係は,今後もっと多様化するだろう.科学者と市民が直接手を取り合って,社会的課題に取り組むというケースも増えてくるだろう.

科学のあり方の新しい可能性を切り開く作業への挑戦を,とくに若い科学者やこれから科学を志す人たちに期待したい.

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