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「生態系保全って、
     人と向き合うことなんだなぁと思います」

  大久保 奈弥さん(東京経済大学准教授・海洋生物学)

高木基金の2016年度助成先である大久保さんは、この間、沖縄県の辺野古・大浦湾の埋立工事に関わるサンゴ移植の問題でも積極的に発言しておられます。保全のあり方から、大学の研究者をめぐる最近の状況まで、様々な角度からお話を伺いました。
(インタビュー実施日:2019年5月/聞き手:高木基金事務局長 菅波 完)



― 今年1月、NHKの討論番組で、安倍総理が「あそこのサンゴは移植している」と述べ、辺野古埋立工事による環境保全対策を強調したことが大きな問題になりました

大久保 この発言に対してツイッターで「首相の発言は嘘です」とコメントしたら、1万人以上がリツイートし、ものすごい勢いで拡散して驚きました。そもそも、サンゴの移植をしてもほとんどが死亡するので、移植でサンゴ礁生態系は守れません。例えば、ある海域で5年間に植え付けられた7.9万本のサンゴの9割が既に死亡していたり、運よく生き残ったとしても、長期的な生存率が3割程度だという事例もあります。サンゴの生息する多様性の高い生態系を守るのであれば、埋立をやめるのが大前提です。陸上からの汚染源を減らし、水質改善をすれば、サンゴが増えたという事例は海外にあります。しかし、沖縄では辺野古だけでなく、泡瀬干潟や那覇空港の新滑走路建設などの開発事業でもいまだにサンゴの移植が環境保全措置とされているのです。

― 大久保さんは、サンゴの研究者や学会が、移植の問題で責任を果たしていないと指摘しておられますね。

大久保 沖縄県は、サンゴ礁生態系の再生を目的として、毎年数億円もの税金を使って、サンゴの移植事業を行ってきました。また、環境省が行なった石西礁湖(せきせいしょうこ)の自然再生事業では、サンゴの赤ちゃんが着くと謳う着床具に億単位の税金が使われました。もちろん、両者ともにサンゴ礁生態系の再生は失敗に終わっていますが、問題にすべきは、失敗を認めずに事業が続けられたこと、そして研究者や大企業が自然再生事業を「美談」として宣伝し続けたことにあります。研究者や企業の倫理観が欠如していると言わざるを得ません。
 先日、日弁連のシンポジウムで石垣島に行きました。白保のアオサンゴの目の前に、年間10 万人が利用するリゾートホテルを建てるとのことで訴訟が起きています。しかし、日本サンゴ礁学会は反対の声明さえ出しません。何より驚いたのは、「石西礁湖自然再生協議会」というサンゴ関連の研究者やコンサル、また、地元の利害関係者が集まって作られた協議会が、目の前で起きているサンゴ礁生態系の破壊に異を唱えないことです。現在、白保と同様に、竹富島のコンドイビーチ前でも大型リゾートホテルの建設が計画されています。また、小浜島と嘉弥真島の間では、大型船を通すためにサンゴを移植して浚渫工事が行われ、ほとんどのサンゴが死んだそうです。その件で、地元の方が協議会に相談したところ、なんと協議会は、個別議案は利害関係があるから議論しないという結論に至ったそうです。
 私は言葉を失いました。協議会はサンゴの保全を謳いながら、お金になる自然再生事業には手を出し、かたや目の前で破壊されるサンゴは無視するのです。実際に保全を行わない自然再生協議会の存在意義はどこにあるのでしょう。
 現在私は、CSRでサンゴ移植を後援する企業に対して「サンゴの移植でサンゴ礁生態系を再生させる」という文言を使わないよう求めています。全日空など大手企業が後援する「チーム美らサンゴ」にはHP の文言を変えてもらうことができました。現在は株式会社コーセーのCSR担当者とやり取りしていますが、日本サンゴ礁学会に対応を訊いているとのことで、遅々として進みません。サンゴの移植は水産学的には意味のあることですし、有効利用は出来ます。ただ、移植でサンゴ礁生態系を再生することは不可能ですから、企業宣伝にそのような文言を使ってはいけません。

― 大久保さんは、高木基金の助成研究では、オリンピックのセーリング競技にあわせて開発が計画されていた神奈川県逗子市の小坪海岸の生物調査に取り組みました。

大久保 助成を受けた調査では、地元の市民と研究者が協力して生物調査を行い、一般市民向けの小坪の生き物パンフレットをつくりました。地元の方々のおかげで、地域の商店だけでなく、幼稚園や小学校でも配布されました。
 私個人としては、神奈川県や逗子市に、貴重な生態系を保全するように求める要望書を出しました。小坪の環境保全を求める署名活動は、地元の方達が行ないました。いろいろな立場の人が、いろいろなかたちで協力して取り組んだ成功例だと思います。
 サンゴの移植や小坪の開発の例で感じるのは「保全って人と向きあうことなんだなぁ」ということです。研究だけしていても実際に生き物を保全することはできません。結局は人間の問題なので、政策を変えるために人と対峙することが必要です。そもそも、調査でさえ人間関係がうまくいかないとできないので、自分に無理そうな時は、関係づくりの上手い先輩にお任せしています。

― 話が戻りますが、辺野古のサンゴ移植の問題で発言し、学会での要望書にも関わった大久保さんに対して、圧力をかけてくるような動きもあったようですね。

大久保  これまでそういう圧力を受けた経験がなかったので驚きました。毎日詰問のようなメールが来ました。要望書は学会の委員会レベルの話なのに、なぜ私個人に文句が来るのかとても不思議で、その時はストレスになりましたが、忘れっぽい性格なので今では笑い話です。
 私がこうして自由に研究し、発言できているのは、東京経済大学がリベラルで良い大学だからです。また、一般教養の所属なので学生を持っていませんし、何より深い教養のある素晴らしい同僚に囲まれていることが、自分の活動に大変プラスになっています。学長も私の活動を理解していて、大事なことだからやった方が良いと言ってくれます。かたや、他大学でラボを持っている先生から、「僕は何十人も教員や学生を抱えているので、何もできなくてすみません」と言われたことがあります。研究費がもらえなくなるのではないか、国立の場合には圧力がかかるのではないか、といった心配も若手研究者から聞こえてきます。お上の言うことには逆らわないという風潮は日本人の特性かもしれませんが、民主主義の危機を感じます。
 若い学生や、年代問わず理系研究者は、政治の話が嫌いか、触れたくないか、もしくは興味がない人が多いと感じます。同年代の研究者で新聞の右左を知らない人がいて驚いたこともあります。現在、財務省は国立大学の予算を削減し、組合も退化しているので、特に地方国立大学の先生は苦労されています。環境保全といった社会的な活動に関わる研究者は益々減少するでしょうね。

― 大学をめぐる状況も変えなければいけないですね。貴重なお話を聞かせていただき、ありがとうございます。


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