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この人に聞く 宇井 純さん


公害は、調べれば減る


そういう例をあちこちで集めてみますと、だいたい公害は調べれば減る。公害は調査をすれば、「これはいかん」ということで、減らす努力が産まれる。ですから「調べれば減る」と言えます。調べる主体が市民、住民である場合にはさらに大きな圧力となる。

ここで中山茂先生との冗談として申し上げた、「市民の科学」のなかには「市民による科学」というものが入ってくるという議論をもういっぺん蒸し返した。昔から「市民のための科学」というのはたくさん聞かされています。耳にタコができるほど、特に左翼の領域では基本視されていたわけですね。ですが、「市民による科学」というのはあまり議論されることがなかったわけです。

それが指摘されたのは、1973年に出たシューマッハの「スモールイズビューティフル」であり、それに触発されて展開された「適正技術」の議論ですね。これは特に英語圏ではかなり広がりまして、中でもイギリスやコモンウエルスのオーストラリアではかなり広がりました。アメリカではあまり広がらなかったですね。日本はほとんど「適正技術」なんて言葉は聞いたことがないという状況でした。

そういう中で下水処理を自分の研究としてやっていたわけで、ひょっとすると俺はこの分野で大きな問題にぶち当たったんじゃないかな、と考えるようになった。というのは69年にヨーロッパに留学して、引退間際のパスフィーアというおじいさんの所でオキシデーションディッチ、酸化溝といわれている処理施設の実験をやることになりました。

オランダで汚水処理をを学ぶ


(図示しながら)こういうエンドレスの溝にブラシをいれてポンプ、モーターで掻き回す。そうしますとブラシが水を掻き回しますから、空気中の酸素が水の中に入ってきて泥水を処理する。

これは一日4回くらい止めます。止めますと水の中に自然に生えてきた、汚物を処理する微生物がわずかに重いものですから下に沈みまして、きれいな上澄みが出てくる。あまりに簡単な施設で、普通の下水なら、有機物の90%は処理できるということで、60年代に評判になりまして、あちこちで作られたんですね。私が留学した69年には日本にも導入されて、あちこちで作り始めた時期です。

そのおじいさんのところに挨拶に行きまして、名刺を渡して、「私は宇井と申します」といいますと、じいさんが私の名刺を見てゲラゲラ笑い出すのです。「おまえは本当に日本人か」と。

「本当に日本人です。」日本人にはいろいろ長い名前も短い名前もあって、「源平盛衰記」という書物にでてくる古い名前だと証明してみせようかと思ったり。それにしても笑うというのは失礼じゃないかと、こちらもいささか腹に据えかねて文句を言いました。

そしたら、じいさんも「いや失礼した。日本人というのは、バスに乗って団体で、毎月一回くらいは見学に来るが、現場に案内して、一時間くらい説明して、さてこれから一番苦労したところを話そうかと思うとみんな時計を見てそわそわしだして、『次の予定がありますので』といって帰ってしまう。俺が17年かかって辿りついた結論を日本人は一時間でわかるんだろうか、それとも全然わかっていないのか。前からそこは不思議に思っていた。そこへおまえがやってきて、ここに四ヶ月居たいと言ったものだから、ついおかしくなって笑ったのだ。日本人にもいろいろあるなぁ。」と言うのです。

「おまえは、ここに二日以上居たいと言った初めての日本人だ」と。

二十年かかって、ようやく分かってきたこと


さて、その処理施設ですが、あんまり簡単なものですから、何があるのかと思ったのですが、ともかく運転を始めます。そうすると、最初の週で有機物もなくなる、悪臭もなくなる。それから「ここの変化は遅いから、データは毎日取らなくてもいい。週一回で十分。」とじいさんには言われましが、日本人というのは、そう言われても週に二回くらいは取らないと気が済まない。

一ヶ月から二ヶ月経つと、下水の中のアンモニアが消えます。つまりチッ素が取れているんですね。四ヶ月運転しつづけると、この中に出来てくる泥の増え方が普通の下水処理場に比べて半分かそれ以下と遅い。そこまでで留学の期間が切れたのでこれで日本に帰りますといったら、じいさんが言うには、まあ四ヶ月にしてはよく勉強した。実は前に日本にこの特許を売ったんだが、その後、うんともすんとも言ってこないので、帰ったら知らせてくれと言って、次のように言いました。

「これを土木屋に渡すと、必ずこの後ろに沈殿池を付ける。そしてここから水を連続に流して、沈殿池で分離をして、泥をポンプで戻す構造にする。一回ごとに止めて沈殿させるのは能率が悪いから、連続で動かそうということを必ず土木屋は考える。だけど、今までの経験で、それではせっかくの特性が死んでしまうというのがあるから、連続にはしない。それが私の教訓だ。」

もう一つ、オランダの下水は濃いんですね。だいたいオランダ人は倹しいですから、モノを無駄使いしません。英語でDutch というとケチと言うことですね。Dutch Account というと割り勘です。その他にもDutch と名前がつくとケチという意味の英語はいくつもあるし、確かに一日100リットルくらいしか水を使いませんから、だいたいオランダの下水の濃度は日本の倍以上ある。つまりBODという腐りやすさの尺度で400から500くらいある。日本は200くらいです。日本では水をジャブジャブ使いますから、薄いんです。

理屈から言うと、オランダの下水を三日間溜めるように作った装置ですね。計算から言うと、薄い水だったら溜める時間は短くてよろしいことになります。オランダの下水で三日なら、日本の下水では一日から一日半でよいということになるのですが、じいさんの経験では二日を切ると上手くいかない。二日を切らない方がよろしい。

なぜそうなるかというのは経験であって、よく分からんのだけど、ともかくそうなると。帰ってきてずっと考えてきたが、この意味が分かったのは、せいぜい数年前ですね。20年程考えてきて、あのときあのじいさんが言ったのはこういうことか、と分かる場合もあるんです。つまり一度にたくさん水を抜くな。一日4回水を抜いてますから二日間に8回抜いているわけですね。そうすると、8分の1づつ中身を入れかえなさいということです。それならば僅かしか泥が沈まなくても中身を入れかえることができますから、この層の中にいれる泥はどんどん溜められます。そのことが実験で分かったのはだいぶ後の話です。

「簡単すぎて金を払ってもらえない」


日本に帰って、まず訪ねてみたのは石井鐵工所という特許を買ったメーカーです。オランダで買った特許のオキシデーションディッチはどうだったと聞くと、「あれは失敗しました。駄目でした。」というのです。どうしてと聞くと、「簡単過ぎて金を払ってもらえなかった」ということですね。第一号の会社というのはこっちも知っているんです。茨城県の結城にある結城皮革という会社です。ああそうか、悪いけどあそこは金払わないよと。簡単なものに金を払うような会社ではない、と私は言いました。

これで石井鐵工所はすっかり懲りまして、二つ目からはちゃんと沈殿池をつけて、ポンプをつけたら、こっちは金物ですから、誰が見ても金がかかっているのが分かる。それで金を払ってもらえる。しかし本体の方は土でも良いわけで、水が漏れなければ素堀りの池でもよろしい。確かにこんなものに金払えるもんかという奴は必ずでてくるであろうと。あそこの系統の会社なら多分間違い無くそう言うよ、という所から仕事を始めちゃった。だから石井鐵工所も運が悪かったといえば運が悪かったんですけど。結局「沈殿池」と「ポンプ」が付いた物が、その後ずっと下水道の標準設計となりまして、私が、これ無しのものを設計しても補助金の対象にならんのです。ですから、下水処理場はどんどん金がかかるものになっているんですね。

これはかなりひどい極端な例かもしれませんけど、石垣市の川平(かびら)というところで、ここはかなりきれいな観光地ですが、一日500トンの下水を処理する処理場を作ったら七億円かかった。私も見物に行きました。 

私なんかが設計すると、1トン10万から20万円くらいでできる。10万円の500トンで5千万円ですが、ざっと現場を見て、俺だったら同じものを一千万円で作るなあというものに7億円もかかっています。

つまりそこでは二桁の差があるわけですね。もちろん7億円かかるというのは、連続運転にするといつまでも臭うので、漕に蓋をしなければならない。沈殿池にも蓋をつけなくてはならず、そして立派な建屋を作ってその中に装置全体を収めます。それに分析室などもつけると、確かに7億円くらいはかかるだろうというものはできあがります。だけど本当に入用なものは1千万円くらいでおつりがでるくらいです。

二桁の差をどう見るか


こういう現実の中で二桁の差が出るということは、他にも経験したことがあります。

栃木県に滝沢ハムという中くらいの肉屋さんがあります。そこで食肉廃水を処理する計画を頼まれまして、実際にやってみたら5,900万円でできたんですね。半端な金額だから、100万円をお礼にくれるというんだけど、お礼はいらないから風車を建てようや、といって風車を建てたんですけど、これはあまり成功しなかった。

ともかく、だいたい6,000万円で人口二万人分くらいの汚水に相当する処理装置ができたんです。
そこから車で10分位のところに、栃木県が作った巴波川(うずまがわ)流域下水道の処理場があります。これも二万人の規模で、同じ大きさだったんですけど、51億円かかった。6,000万円と51億円で、ここでも2桁違う。

そういうことが、ざらにあるんですね。これが市民による技術だったらどういうことになるか。納税者が自分の手で作ったら、そんな余計なものに金をかける必要はないということになります。そこで処理場の工事費なんてのは2桁下がってしまうのではないか。そんなことを下水道の分野で経験しました。あちこち見て歩くとそういう事例が多いですね。それで中山先生に「市民による科学」というのはありそうですといったら、先進工業国で「適正技術」が必要といったのはあんたくらいだと言われたんですね。

「適正技術」というのはだいたい後進国・発展途上国で入用という議論はずっとなされてきているが、日本でそういう議論がなされたことはなかったと。

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