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アジアの市民科学者を訪ねて モンゴル・ウランバートル出張報告

はじめに


 ザイサントルゴイの丘よりウランバートル市内を一望

 2017年7月23〜27日、2017年度のアジア枠助成先の一つであるモンゴルのMongolian Sustainable Development Bridge(以下MSDB)を訪ねてきました。今年度の採択テーマは「モンゴルでの採掘事業による水資源管理と放射能の影響についての市民の意識評価」で、行政や開発側とは独立した立場で鉱山周辺地域の社会環境影響評価を実施していくのと同時に、この調査活動を通じて、モンゴル最初の市民科学グループを立ち上げることを目指しています。

MSDBのパワフルな女性たち

 MSDB事務所にて申請者のウルジビレグさん
 (左端)ら

 成田から飛行機で約4時間半。荒涼とした砂漠地帯、大草原を超え、やがてゲルがポツポツと点在するモンゴルらしい風景が見えた後、突如近代的なビル群が現れ、首都ウランバートルに到着しました。
 モンゴルは、この時期は一年で最も過ごしやすい気候で、多くの人が長い夏休みのために都会の喧噪を離れるそうで、町には幾分、人も交通量も少ないように感じました。
 到着翌日、町の中心に位置するチンギスハーン広場からほど近いビジネス街にMSDB事務所を訪ねました。今回、女性スタッフ3名が出迎えてくれましたが、スタッフは全員30〜40代の女性で、環境の専門家ではないとはいうものの、欧米への留学経験や大企業での勤務経験があり、個々の能力が高く、加えてこれまでに培ってきた人脈も幅広いこともあり、事業遂行能力の高い戦略的なチームだという印象を受けました。何よりも、彼女たちと話しをしていて、自らを育み育ててくれた豊かな環境を次世代に残していきたいという熱い思いを感じました。

ウランバートルを歩く

  訪問初日の午後、一通りのインタビューを終えた後に市内見学に出かけましたが、街を一望する高台に行くと、建設中の数々の商業ビルやマンション群、稼働中の火力発電所の煙など、今のモンゴルを象徴するような景色が眺められました。中でも印象的だったのが、ゲル地区の存在でした。
 モンゴルは日本の約4倍の面積に約300万人強が住み、人口密度の低さは世界一であるものの、90年代の民主化以降、ライフスタイルの変化に加え、近年の異常気象のゾド(寒波)により家畜が大量死し、遊牧生活をやめざるを得なくなった遊牧民の都市への流入が進んだため、現在、全人口の約半分がウランバートルに住んでいるといいます。加えてそうした移民者や低所得者層を中心に約60%もの人々がゲル地区(木の枠組みと羊毛等からできた本来移動式住居であるゲルを家屋とする地区)に住んでいるというのです。ゲル地区は集中型のインフラシステムとは切り離されているため、例えば年間半分は極寒の冬というモンゴルにおいて、各家庭でのストーブで使用される石炭や木材が燃焼されることが、ウランバートルの大気汚染の主な原因になっているそうです。モンゴルの環境問題はこの急激な都市化問題同様、国全体を見渡せば、気候変動の影響で乾燥が進み、時に非常事態宣言が出されるほどの山火事の発生や、国土の大部分で砂漠化が進行しているという深刻な状況に置かれているということでした。

モンゴルの鉱山開発事情と環境問題


図1 戦略的重要鉱床マップ

 モンゴルの植生は、ロシアに近い北部地域は針葉樹林帯が、中央部には、多くの人がモンゴルに対して持つイメージ通りの大草原が広がり、それが南下するにつれ砂漠化し、中国との国境に広がるゴビ砂漠まで続いています。それでも国土の約8割が自然草地だという生態環境により、モンゴルは社会主義時代から長い間、農牧業国でした。それが90年代の政治体制の民主化と市場経済への移行後、政府の積極的な外資導入により、広大な自然が残る地域に眠る資源探査・開発が進み、近年の経済の主役は鉱工業に代わっています。モンゴルは資源のデパートともいわれ、主要鉱産物として石炭、蛍石、銅、モリブデン、金、ウラン等はじめ、約80種類の鉱種と約6000の鉱床があるとされていますが、その内、国家の安全、経済、社会発展上インパクトのあるものが戦略的重要鉱床と規定されています(図1)。
 それらの開発には、当然、エネルギー・インフラ整備も併せて必要となり、関連事業も計画されていますが、中でも、オユトロゴイ鉱山をはじめとした世界最大級の埋蔵量を誇る炭鉱群は砂漠地帯の水資源が希少な地域に集中しており、例えば最終的にはロシアのバイカル湖にも注ぐモンゴル北部のオルコン川にダムを作り、はるか740km離れたゴビ砂漠まで地下水を運ぶ巨大なプロジェクト(図1内の水色線参照)が持ち上がっています。これは、周辺生態系への影響はもちろん、加速する温暖化の影響で砂漠化が進んでいることが水資源の枯渇に拍車をかけるため、MSDBでは他のNGOと共に反対を表明しています。
 MSDBの今年度事業ではこうした鉱山とそれに関連する事業活動が及ぼす社会環境影響評価を行っているのですが、調査対象としては、上半期は4カ所の炭鉱と2カ所の水力発電所(予定地)、下半期は2カ所の炭鉱と3カ所のウラン鉱山で、事業者説明会への参加、影響住民含む関係者(行政や企業、地元コミュニティ)との会合・インタビューを実施しています。
 彼女たちのこれまでの調査活動によれば、影響住民への説明が不十分であったり、情報が正しく共有されない、環境アセスメントなしに、あるいは形式的にしか行われずに事業が進められる、動物や人間への健康影響が明らかにされていない、といった問題点が上がっています。それでも経済成長中の他のアジア諸国で聞くような開発行為に伴う深刻な人権侵害があまり聞こえてこないのは、人口密度が低い広大な土地なだけに、強制移住をさせるにも規模が小さく、問題が顕在化しにくいからとみられ、それが“開発しやすい”理由にもなっているようです。MSDBとしても、その影響住民の声を代弁していく役割があるという認識を持っています。
 訪問2日目、首都ウランバートルから約150km、車で2〜3時間ほどの首都から比較的近い場所にあるバガヌール炭鉱に向かいました。今回、MSDBの調査対象となる炭鉱を訪ねたいという希望は事前に伝えていましたが、対象鉱山が地理的にアクセス困難な地域に集中していたため、ここは彼女たちの重点地域ではありませんでしたが、一つの参考として訪れました。バガヌール石炭鉱山は前述の戦略的鉱床の一つで、埋蔵量が推定7億トン、年間生産量は300.400万トンとされています。バガヌールの町に入る随分前から、車窓から見える草原の先に、妙に整った巨大な土砂の山がひたすら道路と並行して続いているのが見え、その規模の大きさを実感しました。ここで採掘された石炭は主にウランバートル含む近郊の石炭火力発電所に送られるそうです。炭鉱会社の入り口の前に立つと、鉄道が炭鉱内部にまで延びているのが見え、採掘した石炭が運び出される様子が容易に想像できました。巨大な炭鉱現場にしては、町は比較的小さく、街の中心も目抜き通りは数百mほどで、活気はそれほどありませんでした。
 ウランバートルへの帰り道、日本企業がフランスや韓国の企業などと共にコンソーシアムを組み、実施事業者としての優先交渉権を得たという、ウランバートル第5熱電供給プラント(CHP5)の事業予定地を通り過ぎました。MSDBはこの事業について、ウランバートルの大気汚染がさらに悪化すると問題視していましたが、実はこの事業については日本のNGOも“JBICの石炭発電融資にNO!”キャンペーンにおいて、同国の再生可能エネルギー普及方針に逆行する計画であること、住民移転計画が不十分であること等を指摘して批判の声を上げています※1。

  ※1 ウランバートル第5熱電供給プラント(CHP5)建設事業のファクトシート http://sekitan.jp/jbic/2016/09/20/1755

バガヌール炭鉱の採掘場。土砂の山の手前の小さい
黒い点は馬の群れ


ウランバートル近郊のテレルジ国立公園
 

市民科学をモンゴルの社会に広めていく

 MSDBの今年度事業の2本柱の一つ、市民科学プロジェクトは、行政や企業側とは独立した立場で社会環境影響評価を行い、得られたデータを公開・発信し、市民への情報提供や普及啓発に役立て、市民自らが開発側にプロジェクトの変更や中止を求めたり、政策決定者と交渉できるような力をつけられるようにしていくことで、現在、その支柱となる信頼性の高い独立した情報源を目指してウェブサイトを準備中とのことでした。
 彼女たちの考える“市民科学”は、現代の科学技術、人為的な活動がもたらす多種多様な問題に横串を刺して、当事者である市民が主体的に問題解決に関わる力をつけていく営みであり、同時に、市民をエンパワメントする(声を持たせる)手段になることだと考えています。それを今回の申請したプロジェクトを通じて実践し、モンゴル初の市民科学グループを立ち上げて“市民科学”を広めるきっかけにしたいと意気込んでいます。

終わりに

 モンゴルは、その広大な自然が人々を引きつけ、日本からも多くの旅行者が訪れています。一方で“第二のサウジアラビア”、“20年後には遊牧民がらくだをプライベートジェットに代える国に”といった推測をする人がいるほど、モンゴルは今や“資源国家”に変貌しています。
 日本は対モンゴル輸出、直接投資額において、隣国中国やロシア、韓国に続く順位であるなど経済的な結びつきが非常に強く、レアメタルを含む金属鉱物資源の安定供給は日本の外交課題に位置づけられています。“資源の持続可能な安定供給”、“鉱物資源の持続可能な開発”などと、“持続可能”という言葉が都合良く使われているような風潮も否めず、その中身を評価していくことは私たち市民の役割なのかもしれません。
 今年7月に大統領選が行われたばかりのモンゴル。輸出する資源の約 9割近くが中国に流れる貿易構造からの脱却を目指し、自国産業の発展に力を入れるとする方針を打ち出す新大統領に市民社会の期待する声も大きいようです。
 また今年度のユネスコ世界遺産委員会で、奇しくも、ロシアとモンゴルの共同申請によって、ダウリアの景観群が新たに世界自然遺産に登録されましたが、その自然環境はまさに資源開発が進む地域と隣り合わせになっています。こうした動きは、MSDBの活動を前進させる上での追い風になるとみられ、彼女たち自身も手応えを感じています。事務局としても、今後のMSDBの活躍に大きな期待を寄せると同時に、心から応援していきたいと思います。

 最後に、彼女たちから預かってきた伝言をご紹介して報告を締めくくらせていただきます。「日本の寄付者の皆様に深く感謝申し上げると同時に、新しい団体でありながら期待と信頼で助成事業に選んでいただいた高木基金に御礼申し上げます。」


昨今は、ソーラーパネルを備えたゲルも


ドライブ中に時々出会う飼い主がいない馬たち


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