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トップページ > 高木基金の取り組み > 活動報告 > 第17期アジア助成を訪ねて フィリピン編



アジアの市民科学者を訪ねて〜Climate Justice(気候正義)の実現に奮闘する人々の姿を追って〜 アジア担当プログラムオフィサー 白井聡子

はじめに

 2018年6月24日〜29日までの日程で、今年度(第17期)助成先のPhilippine Movement for Climate Justice(以下、PMCJ)訪問のため、フィリピンに出張してきました。
 PMCJの助成テーマは「石炭産業がもたらす環境・健康影響についてのコミュニティ参加型による科学的調査」で、石炭火力発電所周辺の環境・健康調査を行うにあたり、住民自身が発電所に対する知識やその有害性を証明する能力を身につけられるよう、コミュニティ参加型で進めていくというものです。

1日目 石炭火力発電所予定地周辺のコミュニティ訪問

 マニラ到着日の翌日、ラ・ウニオン州・ルナにある石炭火力発電所予定地を訪れました。現地で建設予定の石炭火力発電所は670 MW規模で、当初の計画によれば2020年稼働予定です。大気汚染、地下水汚染による健康被害や景観含む自然環境への影響や環境破壊への懸念、そして観光業への影響が避けられないとして、地元は反対の声を上げています。
 ルナに到着すると早速、地元住民ら現地で活動するメンバーと合流しました。
 昼食を兼ねたミーティングではメンバーに自己紹介をしてもらいましたが、現役を退いた方を含め、弁護士、大学教授、学校教員環境社会学者、科学者などの有識者が多く、そこにコーディネーター数名がメンバーとなって動かしていることが分かりました。こうした構成メンバーのため、石炭火力発電所の問題を正面から関係当局と交渉していける力がある地域だという印象を持ちました。話を聞いていると、政策決定者に近い人物ともインフォーマルなつながりを持っている方もいるようでした。
 実際に、PMCJ からのコメントでも、ルナは、彼らが連携する数多くのコミュニティの中でも、上手くいっている地域で、計画はかなり抑えこまれているため、当初予定されていた2 年後の稼働はまずないということです。

写真はルナ石炭火力発電所建設予定地とその周辺海岸

PMCJスタッフとルナの住民を交えた話し合いの様子







2日目 “ストップ!石炭投融資”声明に関する記者会見

 “アジアの汚い会社” に対して石炭投融資を止める
 よう求めた記者会見

 この日、PMCJ がAPMDD(Asia Peoples Movement on Debt and Development)と共同で記者会見を開き、日系企業ら“アジアの汚い会社”(日系企業4社と韓国系1社)に対して、石炭火力発電への投融資を止めるよう求める声明を出すとのことで、朝から会場に向かいました。記者会見では、当該企業らが翌日以降に株主総会を行うことから、社会的関心が集まる日を狙って各企業ビル前で抗議行動を行うことも発表されました。
 “汚い会社”と名指しされた日本の企業は、三菱UFJ、みずほ、三井住友の三大メガバンクと総合商社の丸紅(韓国の企業はKEPCO)。環境NGOらが出した2018年版の化石燃料ファイナンス成績レポートによれば、化石燃料全体の融資ランキングこそ、中国系銀行やタールサンドの増加で米系銀行が上位に来ていますが、石炭火力向け融資では、日本のメガバンクが上位に名を連ねるため、石炭火力発電の多いアジアでは、こうした融資行動は特に目立ち、批判の的にさらされているのが現状です。
 昨今、気候変動対策の国際的枠組みである「パリ協定」を受け、企業に環境や社会的側面への配慮を促すESG(Environment, Society, Governance)投資の高まりや、環境NGO らのダイベスト(投資撤退)キャンペーンなどの動きによって、日本の金融機関は早急な対応を迫られています。なお、日本のメディアの姿はありませんでした。

3日目 PMCJ 事務所訪問

 PMCJ の事務所にて
 (左端が申請者のリビエラ・ビビアノさん)

 抗議行動の合間を縫って、PMCJの事務所を訪問し、代表者であり、助成プログラムの申請者であるリビエラ・ビビアノさんにお話を伺いました。PMCJについて、組織図を書きながら説明してもらうと、縦に横にと、国際NGOから地域の市民グループまで、数多くの組織がつながっていることが分かりました。団体名に含まれるClimate Justice(気候正義)をビジョンに掲げ、気候変動を加速させる石炭火力発電を止めていくことをミッションとし、運動体のような組織(彼らはCoalition=連合体という言い方をしている)となって活動しています。
 気候正義とは、地球温暖化の原因となるCO2 の主な排出国が日本含む先進国や新興国であるにも関わらず、実際に、その影響や被害を受けるのは、化石燃料をあまり使わず、この問題に責任の少ない途上国の貧困層や将来世代であることから、こうした不公平を是正しながら、気候変動を食い止めていかなければならないという考えです。途上国では農業、漁業など、自然環境に依存した生活を営む人々が多いため、近年、“史上最強”“過去にない”等と形容される異常気象の増加は、当然ながらこうした人達への影響が深刻化していることを意味しています。また、日々の生活に精一杯の貧困層の場合、災害のための備えが乏しく、一度大きな被害に遭うと、自らの力で生活を立て直すことが難しいため、貧困率が高く、毎年のように台風で多くの被害を生むフィリピンにとって、気候変動と貧困問題は切り離しては考えられません。こうした事情から、気候正義を掲げるPMCJ も、貧困問題に取り組む団体とは緊密に連携しています。
 PMCJのミッションを達成させる上での活動の柱には、調査研究(現地の環境・健康影響調査など)、法的手段、アドボカシー(政策提言)、メディア作戦、街中での定期的なアクション(抗議行動)などで、それらを組み合わせながら、目的に応じて、国際NGOから石炭火力発電所立地コミュニティの市民グループまで、様々な団体と緊密にあるいはゆるやかにつながった連合体として、活動を進めています。国内外のアドボカシーとしては気候変動問題として、石炭火力発電所を抱える地域の中では、住民の健康被害や地域の環境(生態系)破壊を引き起こす問題として、それぞれアプローチを変えて、石炭火力発電にノーをつきつけています。
 PMCJの事務局には、総勢約10人のスタッフが働いているとのことですが、確認できた中でも少なくとも4名は弁護士や弁護士を目指して勉強中の学生などでした。石炭火力発電所の稼働を止める上での様々な法的手続きを熟知し、環境関連の法律制定に向けた政策提言を行えるだけの頭脳が、活動において大きなリソースを占めているという印象を持ちました。

4日目(最終日) 日系企業前での抗議行動

 日系企業が入るビル前での抗議行動

 2日前の記者会見で宣言していた日系企業前での抗議行動が午前中から始まるとのことで、マニラ中心部まで出かけていきました。場所はフィリピン経済・金融の中心地ということもあり、デモに対しては厳しく制止される可能性もあるとのことから、移動や準備等、デモ前後の時間を極力省き、短時間でインパクトを残す工夫をしていることが見て取れました。
 一連の流れは、数台の車にデモ参加者が分乗し、決めた場所にピンポイントで到着すると、彼らはのぼりや抗議のプラカード、横断幕などと共に一斉に降車し、建物前で整列。司会進行役のスタッフが抗議の声明を読み上げ、参加者全体で「Mitsubishi / Sumitomo !!! Stop funding coal !!!」とリズミカルに連呼。同じ場所には最長でも20分程度の滞在で、次の場所に移動していくというものでした。
 この日は株主総会が開催された三井住友と三菱UFJ 各銀行に対してで、別日にはみずほ銀行、丸紅に対して行われたそうです。

終わりに

 当初の予定では、コミュニティ参加型水質調査の一端を見るはずが、一変、日本が官民連携で進める石炭火力発電への投資に対する抗議行動を目の当たりにすることになり、日本人としてある種のショックを受けるのと同時に、マニラに点在する戦時中の遺構と重ね合わせて、昔も今も日本は形を変えて迷惑をかけているのではないかと思い、ただただ申し訳ない気持ちを覚えました。
 日本側がどれほど“高効率の石炭火力発電で途上国に貢献している”と、石炭火力発電推進の正当性を主張しても、これほど現地の市民社会から反対の声が上がり、さらには
 国際的な合意を受け、欧米の金融機関を中心に石炭火力発電への投融資の撤退が加速する一方、日本はなぜその世界的な流れに逆行し、公金を投入してまで推進していこうとするのか、滞在中、ひたすら考え続けました。
 近年、国連の持続可能な開発目標(SDGs)を耳にするようになりましたが、エネルギー分野の目標7および、気候変動に関する目標13では、温室効果ガスの排出が抑えられていないことや、再生可能エネルギーの導入が進んでいないなどの理由で、17ある全目標の中でも、達成度や取り組み状況で非常に評価が低く、課題が多い分野となっています。日本は政府内にSDGs推進本部を置くなど国が率先して取り組む格好になっているものの、皮肉にも、こうした“足かせ”が響き、国別達成度ランキングでは日本の順位は毎年下がり続けています。日本が国としてやろうとしていることと、国際社会から期待される役割や果たすべき責任に大きなズレを感じながらフィリピンを後にしました。
 こうした複雑な心境の一方で、ポジティブな収穫もありました。今回、現地で様々な団体の方々に出会い、アジアの中でも女性の社会進出が高いことや、NGOや住民組織などが議会活動に参加する機会が保障されていることなど、フィリピンの市民社会が他のアジア諸国に比べて成熟していると言われる状況を、この目で見ることができました。同時に、どんな小さな組織でも、それぞれの力を少しずつ寄せあい、協力しながら大きな課題に立ち向かうという、その連帯感に、フィリピン市民社会の大きな可能性としなやかな力強さを感じ取り、日本におけるNPOの組織強化や成熟した市民社会の形成にも参考になる思いがしました。


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