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第15期アジア助成を訪ねて ミャンマー&タイ編 サルウィン川ダム開発がもたらす流域少数民族に対する人権侵害と闘う

はじめに

 2016年7月27日〜8月5日までの日程で、2016年度助成先であるミャンマーのMong Pan Youth Association (以下、MYA)のナン・シニングさんと、研修奨励として助成しているタイのラオファン・ブンディテルサクルさんを訪れるため、ミャンマーとタイに出張してきました。どちらもサルウィン川(チベットを源流に中国、ミャンマー、そして一部タイを流れる国際河川)の巨大ダム建設計画に翻弄される少数民族を、それぞれの立場と強みでサポートしています。
 サルウィン川は、“ダムのない東南アジア最大であり最後の川”と言われていますが、現在、5カ所の巨大ダム計画が持ち上がっています(現地のサルウィンウォッチニュースによれば、 “少なくとも15カ所が建設計画あり、あるいは建築中”だとの報告もあり)。
 今期、高木基金の助成を受けたMYAは、モントンダムで影響を受ける流域出身の少数民族の若者が中心となり、自分達の川とその地域で行われようとするダム開発について、地域住民に主体的に考えてもらおうとする目的でドキュメンタリー映画『ナムホン川の声』の制作を行いました(ナムホン川はサルウィン川の別名)。一方、ラオファンさんは、弁護士として流域周辺に住む少数民族のためにリーガルサポートを無償で提供しています。

ミャンマー タウンジーのMYA 事務所訪問

 ミャンマーは2011年の民主化以降、目ざましい経済発展を遂げましたが、地方では、中央政権と少数民族の武装勢力の争いが今も続き、それがダム建設計画を中断させているという皮肉な現実もあります。こうした地域では未だに外国人の立ち入りが制限されていますが、MYAのフィールドも同様に立ち入ることができないため、ヤンゴンから空路で1時間ほどのミャンマー第5の都市、タウンジーにあるMYA事務所を訪問することにしました。(写真1)
 訪問した当日は、事務局長のシニングさんが(臨月だという大きなお腹を抱えながら!)少数民族出身の若者6名と共に出迎えてくれました。彼らの出身地でもある、調査対象地までは道路事情が非常に悪く、車で8〜 10時間かかるそうで、メンバーは宿舎を兼ねた一軒家の事務所で寝泊まりしながら活動をしているということでした。
 メンバーへのインタビューでは、「この事業を通して自分たちの地域のこと、川のことをもっと知りたくなった」、「将来は自分の地域の教育に携わりたい」というような声が聞かれました。
 モントンダムの場合、ダムサイトから最も近い村まで10kmほどしか離れていませんが、僧侶以外、住民は誰1人事業のことを知らなかったそうで、影響を受けるモンパン、モントン、クンヒンの3つの市町をメンバー自身が地域のキーパーソンである僧侶の力を借りながら現地の人々とつながり、人々の声を集め、ドキュメンタリー映画という形に仕上げました。まさに、映画は、彼ら自身の成長の記録でもあるのです。


写真1 MYAの事務所前にて、事務局長のシニングさん       (左から3 番目)を囲むメンバー


写真2 エサムリープ村の住民リーダー(右端男性)宅
     の前で


Mong Pan Youth Association (MYA)が制作したドキュメンタリー映画『ナムホン川の声』



タイ メーサリアンを拠点に、ミャンマーとの国境を流れるサルウィン川沿いの村々へ

 
 その後、ミャンマーから、タイ東北部に移動し、ラオファンさんの活動拠点であるメーサリアンからサルウィン川沿いの村々を目指しました。対岸はミャンマーというタイ国境のマエサムリープ村に着くと、まずはラオファンさんがいつもお世話になっているという地域リーダーのお宅に挨拶に伺いました。(写真2)この村は昨年電気が通ったばかりだそうですが、暮らしぶりは全く変わっていないと言います。この地域には30年以上前に内戦中のビルマから命からがら逃れてきた方々が多く住み、未だにタイの国籍を持たず、居住はこの地域に限られ、地域外に行く場合には許可が必要になるなど、不自由がある人が少なくないそうですが、穏やかに暮らせる今の暮らしが何より幸せだそうです。
 その後、ラオファンさんが支援する人で、中心的にダム反対運動を中心的に行っている方の話を聞くため、近くの船着き場から船に乗り、約20km南にあるソブ×モエイ村まで船で移動しました。訪問したお宅を含め、周辺の住宅は木材や竹の本体はもとより、それらの皮や葉っぱなど、自然の素材を余すことなく使った家でした。(写真3、4)
 訪問先では、ダム開発の経緯や現状のお話を聞きましたが、最後に、愚問とは思いながらも“電気が通り、補償も十分なら、ダム開発に反対しないですか?”と聞いてみますと、“電気の恩恵なんて川の恵みからしたら大したことないさ”と即座に答が返ってきました。また、この日はオーストラリアの新聞記者が同行していましたが、この家の主は、今のこの状況を記事に書いて世界に知らせてほしいと懇願していました。この地域に影響を与えるミャンマー領ハッジダムの建設予定地は、ここから47km南にあり、随分と離れていそうですが、住民らはダムから100km離れた場所でも影響があった別の事例を知っており、自分達の村々にも影響があるに違いないと誰もが感じているようでした。


写真3 ソプモエイ村からサルウィン川を臨む。
     手前はタイ領、対岸はミャンマー領


写真4 ダムの現状についてのヒアリング風景。
     左端がラオファンさん

開発事業の背景にある人権侵害

 シニングさんやラオファンさんが訴えている課題は、深刻な人権侵害です。ここでの人権侵害とは、コミュニティに影響を及ぼす重要な情報が公開されず、その意思決定に参加できない、固有の文化や伝統的な暮らし、安心安全に暮らせる環境を保持するといったコミュニティの権利が脅かされる、また個々人のケースでは、土地の所有権、耕作権が認められない(公的な権利証明が発行されない)ことなどです。ラオファンさん曰く、少数民族は、国に都合良く観光資源に利用される割には、人権については法律的な庇護が非常に弱いと言います。よって、このままダム建設が進んだ場合には彼らの暮らしが奪われる上に、補償もままならないことが容易に想像できるのです。建設予定のダムで作られる電気は地元のコミュニティに来るものではありませんが、そもそも、地元の人々は、電力は独立型ソーラーパネルや小水力発電で十分賄える伝統的な暮らしをしており、むしろ生態系サービスを生活の糧にしている人々にとっては、川の恵を受けられなくなることの方が死活問題なのです。

終わりに

 ミャンマーには、民主化以降に残った大きな課題として、少数民族との和解や隣国中国を含む諸外国との関係改善があり、現在、それに向けた努力が少しずつ行われています。それ自体は好ましいことですが、一方で、ダム開発は少数民族の一部の武装勢力が中央政府に反対する形で抑え込んでいた事情や、中国企業が大きく関与していることなどから、そうした動きは、これまで中断していたダム事業を再開させる動きにつながるかもしれないという懸念もあります。
 10数年前に始まったダム建設計画は、現在も様々な要因で本体工事は行われていないものの、モントンダム予定地では日常的にダンプカーが行き交い、周辺整備が行われ、ハッジダムでは、開発業者によるおもてなしつきのダム見学会ツアーが開催されるなど、いつでも動き出せるように、現場では着々と“地ならし”が進められています。
 アジア最後のフロンティアなどとも言われるミャンマーは、民主化以降、海外投資が加速し、開発の足かせとなるインフラ整備の遅れや電力不足問題がクローズアップされるようになり、ここにきて、ロシアとの原子力協定が結ばれたというニュースも流れてきました。日本でも官民を挙げて進めるティラワ経済特別区開発事業が、先日報道されていましたが、事業地での深刻な環境社会影響や人権侵害がNGOから指摘されています。しばらくは、このような気になる動きにも目が離せません。
 また、ミャンマーの民主化は概してポジティブなこととして捉えられているものの、現地に10数年以上住むある日本のNGO職員からは、「これまで信頼関係で貸してくれていた活動のための土地の貨幣価値が上がった途端、オーナーが手の平を返したように急に解約を求めてきた。民主化をはき違えている」と、人々の心や価値観の変化を嘆くような声も聞かれました。
 タイに目を移せば、軍事政権による新憲法草案の是非を問う国民投票が行われたばかりです。ラオファンさんは草案がさらに少数民族に不利になるものだと批判していましたが、実際は可決されてしまいました。

 民主化とはどういうものなのか、開発とは誰のためのものなのか、マイノリティの権利について私達はどう向き合うべきか。日本人にはなじみが薄いテーマですが、今一度考えながら、アジアの隣人同士、知見や教訓を共有し合い、こうした課題に共に取り組んでいく必要がありそうです。幸いにして出会えた頼もしい市民科学者と手に取りながら。

 最後に、ミャンマーとタイ訪問にあたっては、情報提供やアドバイスなどで神戸大学名誉教授の大津定美さん、メコンウォッチの木口由香さん、FoEジャパンの波多江秀枝さんにご協力をいただきました。感謝申し上げます。


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